「なかったこと」にはできない
流産・死産したママが、病院の中ですごす時間は、本当に短いものです。
私たち医療従事者は、みなさんが退院したあと、どういう思いで生活をしているのか、ほとんど知ることができません。
私は、「悲しい経験をしても、時間が自然と癒してくれる、やがて忘れていくものだろう」と漠然と思っていました。
けれども、実際はそうではなかったのです。その経験はずっと心の奥に残っているものです。
次に元気な子が生まれてすくすくと成長しても、いつか月日が流れて自分がおばあさんになっても・・・亡くした赤ちゃんのことを、一生忘れることはないでしょう。
しかし、こういった悲しい経験は、なかなか他人には話せないものです。 夫にさえ、身内だからこそかえって、辛い心の内を明かすことは難しいかもしれません。
多くの人は、「周りを心配させるから」「取り乱したら恥ずかしいから」と、自分の感情にふたをしてしまいます。 平気なふりをして、悲しい経験を忘れよう、なかったことにしようとします。
周りの人も、「早く忘れなさい」「次の子が生まれるわよ」「かわいい盛りになってから亡くすよりは悲しみが少ないじゃない」「いつまでもメソメソしてもしょうがない」と励まします。
でも、表面上をうまく取り繕って、立ち直ったようなふりをしても、決して、深い悲しみから逃れることはできません。むしろ、悪い方向へと進んでしまうことが多いのです。
たとえば、心の防衛本能が働いて無気力・無感情の抑うつ状態が長引いたり、体の調子を崩してしまったり、家族や友人に怒りの矛先を向けてしまったり…。
また、次に生まれてきた子を虐待してしまうなど、ゆがんだ親子関係に発展してしまうこともあります。
流産・死産を忘れようとすることは、何の解決にもならないのです。
(2009年10月から掲載)